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引きこもりニートの涙の奮戦記! 第2話 なぜ覚えられないの!? 進撃の赤豚 [第2話 なぜ覚えられないの!?進撃の赤豚]

転職16回!? 42歳アニオタニートが月49万ブログで稼ぐまで

真の人生の目的を知るまで 駄目人間の軌跡。

第1回 幼少期のわたしから観覧する

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第2話 なぜ覚えられないの!? 進撃の赤豚

小学校4年時、当時は覚えが悪い程度にしか認識してなかった。


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学校で並び順等覚えられなくて、よく怒られた記憶がある。

当時の先生は赤豚というあだ名で、忌み嫌われてたことは覚えている。


いわゆる給料ドロボーで。
とにかく無難に過ごすだけ。

給食は先に「持ってこいと」自分だけ先に食べるわ。
とにかくやることなすこと鼻につき、殺意が湧くほどに皆に嫌われてた。


わたしのような落ちこぼれは、居ない人扱いされていた。
わたしはそれから他人に迷惑をかけるような行動ばかりした。


誰ともコミュニケーションをとらなかった。
そんなわたしにもある日行動を共にする友人ができた。

いや、今思うと悪友だった。
わたしは友人松浦と行動を共にすることが多くなった。


その影響でわたしは小学校4年生にして悪さを覚えた。


松浦とはよくデパートの屋上のゲームセンターで遊んだものだ。
今日も松浦と待ち合わせて、いつものデパートへ自転車を走らせる。


下らない競争をしながらデパートに付き自転車を止め、
まずはいつもの定番のスガキヤに向かってエスカレーターを駆け上る。


腹ごしらえが済んだらゲームだ。
いつもの定番はコイン落しのゲーム。


なぜ小学生の分際で金持ってるかって?
わたしは家では小遣いの類や、何か買い与えられた記憶がない。


要するに、松浦はわたしにとってスポンサーだったのだ。
後からわかったことだが。
松浦は親から金をくすねてたようだ。


わたしと同じく友達の居ない松浦は、わたしを金で釣り利用してた。
わたしはわたしで彼をスポンサーとして利用してた。


お互い様である。

松浦と例の赤豚を困らせてやろうと
学校を抜け出したことがある。
低学年なので当然大騒ぎになったものだ。
そしてその後、警察にも世話になるようにエスカレートしていった。


親や教師への不満からの反抗心なのだろうか。
自分でもよく覚えていない。


その後松浦は金でやたら指図するようになり。
結局喧嘩別れに終わった。



第3話 ヒロイン?(救世主)登場編へ続く




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42歳アニオタニートが月49万ブログで達成し自由を手にする物語 [第1話 波乱万丈!幼少期のわたし]

なんじゃこりゃああああああああああああああああああああっ!?

わたしはパソコンの画面を見て思わず叫んだ。


なぬ? ブ、ブログに11.228アクセスとな!?

しかも、811.737円売れてるー!?

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わたしは桁を間違えたのかと、目を疑ったが
これは紛れもない事実であった。


わたしは、42年間生きてきた中、
正社員と呼べるのは3度だけ。

それっきり不定期なバイトのみ、
自慢ではないが、一度もまともに定職についたことがないのだ。


だが!、このときわたしは確信した
定職になどつく必要はないのだ。

上司に理不尽なことを言われたり、
毎朝起きるのが辛い会社など行く必要はないのだ。



あの、人生の師匠とも呼べるような人との出会いがなければ、
わたしのようなアニオタニートが、ネット起業して
社長を目指そうなどと夢にも思わなかったであろう。



これは、転職を16回繰り返した
アニオタ引きこもりニートがブログで月収49万円を
達成し自由を手にするまでの物語である。



元引きこもりニートの涙の奮戦記!
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自分の致命的な欠陥を自覚した時。

第1話 波乱万丈! 幼少期のわたし。

わたしは当時父、母、弟 自分の4人家族の家で育った。
子供の頃は、六畳二間の長屋に住んでおり、
どちらかといったら貧しい生活だった。


わたしが小さい時には人前で歌を歌ったり、人懐っこかった。
本当にかわいかったと聞く。

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自分のことながら嘘でしょっ?てなもので。
今では強面なのである。

わたしはいつしか落ちぶれていった。

そう、わたしは(まるで駄目な男)マダオの代表だったのだ。



オヤジも虐待を受けて育ったようだ。


百叩き逆さはりつけというような拷問的な体罰など、
あの楳図かずおの、まことちゃんの世界みたいだが。
逆さ張りつけはリアルにあった。


頭に血が集まるため、これが結構きつい。
さらに飲まず食わずの刑。

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今だからわかるのだけど、親父の強迫性パーソナリティ障害のような行動を思い出す。


それについては、
わたしはmixiでメンタル系コミュニティを運営しており、
必然的に精神系を勉強する機会があったため確信した。



たとえば、病気で学校を休んだら、「這ってでも行け」と親父は狂ったように暴れ出す。

ちょっとでも理不尽な自分ルールに反すると、わたしは半殺しの目にあわされ
体中あざを作り、顔を変形させていた。


「汗をかくまで帰ってくるな」、と真冬に外に放り出されてたことがある。


体調の悪い身体を引きずり、真冬の肌寒い表を出た。
じーっとしてても寒いだけなのでわたしは、とにかく重い足を蹴り走り出した。



冷たい風が吹き抜けていく。
街頭の暗い田舎道を、息を切らしながら何度も行き来するが。


この凍てつくような冷たさ、とてもじゃないが、汗などかけるとは思えない。

中断して、ただウロウロあてもなくあたりを歩き回る。


そして親父が寝た頃にこっそり音を立てずに帰宅した。




当時、六畳二間の長屋の狭い家には自分の居場所がなかった。

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いつのまにか押入れが一番落ち着く場と化していた。


そして、わたしはいつしか学校に行っても、誰とも一言も口をきかない。
自分の殻に閉じこもってしまったのだった。



第2話へ続く
第2話 なぜ覚えられないの!? 進撃の赤豚



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